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横浜地方裁判所 昭和63年(行ウ)13号 判決

原告

鈴木正美

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

武田みどり

外一〇名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し五万〇四二〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が死刑確定者に現金一万円を差入れようとしたところ、福岡拘置支所長がこれを拒否したので、慰謝料五万円、切手代四一〇円、封筒代一〇円の損害を受けたとして国に対し損害賠償を請求するものである。

一争いのない事実

原告は、福岡拘置支所に収容されている死刑確定者Aに、現金一万円を差入れるため同人宛郵送したところ、福岡拘置支所長は、これをAに交付することなく、昭和六三年四月一四日付けで原告に返戻した。

二争点

福岡拘置支所長がした右現金の返戻行為が違法かどうか、原告に損害が生じたかが争点である。

第三争点に対する判断

一前記争いのない事実と証拠(原告本人、証人神崎徳成、〈書証番号略〉)によれば、次の事実が認められる。

1  Aは、内妻等と共謀のうえ、順次三名の者を殺害する等して保険金を騙取した事件の被疑者として、昭和五四年九月二七日逮捕され、殺人、有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪名で起訴された者であり、昭和五五年一月二一日以降福岡拘置支所に収容されていた。原告は、従前Aとは面識がなかったが、昭和六二年秋ころ、「永山裁判ニュース」によって、Aを知り、手紙のやりとりをするようになった。Aは、昭和六三年三月三〇日死刑判決が確定して引き続き同支所に収容されていたので、原告は、Aの再審のための資金カンパとして現金一万円(以下「本件現金」という。)とビラ二枚を同封して、同人宛現金書留郵便により送付したところ、昭和六三年四月一三日、本件現金の配達を受けた同支所長は、原告がAと外部交通を許可された者ではなく、本件現金の差入れを認めるべき特段の事情も認められなかったことから、同支所における一般的な取扱に従い、同月一四日付けで、送付された物品等はAに交付することができない旨を記載した書面(以下「返戻通知書」という。)とともに、本件現金を原告に郵便で返戻した。

2  福岡拘置支所においては、死刑確定者が外部交通(面会、信書の発受等)の相手方として申請した者で、同支所においてこれを許可した者から、当該死刑確定者に対する差入れの願い出があった場合は、原則としてこれを許可している。他方、外部交通を許可していない者から差入れの願い出があった場合は、原則としてこれを不許可とし、当該差入れの願い出が窓口においてなされた場合には差入れを受け付けず、郵送によってなされた場合には、返戻通知書とともに、送付された物品等を郵便により返戻する取扱をしている。

そして、死刑確定者については、原則として、本人の親族(ただし、死刑確定後の外部交通確保を目的として、未決拘禁中に外部支援者と養親族関係を結ぶに至ったと認められる場合など、死刑確定者の法的地位に照らし許可すべきでない者を除く。)、再審請求を行っている場合における当該請求に関係している弁護士(原則として、再審請求に関する事項に限る。)、その他本人の心情の安定に資すると特に認められた者に限って、その外部交通を許可しているが、許否の具体的な判断は、死刑確定者からの外部交通を求める申請を俟って行っている。

Aは、原告との外部交通の許可を求める申請をしておらず、福岡拘置支所においては、原告とAとの外部交通を許可していなかった。

二本件返戻行為の違法性について

1  刑法一一条一項は、死刑は監獄内において絞首して執行する旨規定し、同条二項は、死刑確定者はこれを執行の時まで監獄に拘置する旨規定している。これによれば、生命刑である「死刑」の執行行為は、厳密には、監獄内での絞首のみを意味し、それに至るまでの監獄における拘置は、固有の意味の刑罰ということはできないものの、死刑の執行行為に必然的に付随する前置手続として、刑罰の内容を定める刑法自体によって認められた一種特別の拘禁であり、死刑を言い渡した確定裁判自体の効力として執行されるものであって、死刑執行手続の一環をなすものである。これを他の拘禁と比較すれば、自由刑確定者の拘禁は、それ自体が自由刑たる刑罰の執行行為であり、その拘禁には、将来の社会復帰を前提にした教育的効果が期待され、要求されるべきものであるが、死刑確定者の拘禁は、刑罰の執行そのものではなく、将来の社会復帰を前提にした教育的効果を目的とするものでもない。また、未決勾留による拘禁は、いわゆる無罪の推定を受ける者の身柄を専ら逃走及び罪証湮滅の防止を目的として拘束するものであるが、死刑確定者の拘禁は、有罪が確定した者の身柄の拘束であって、再審請求の場合を除き、罪証湮滅の防止を考慮する余地のない、死刑執行の必然的な前提措置である。

監獄法(以下、単に「法」ということがある。)は、死刑確定者には、特段の規定がない限り、刑事被告人に関する規定を準用すると定めている(同法九条)が、前述のとおり、死刑確定者の拘禁は、自由刑確定者の拘禁と異なるのはもちろん、未決勾留者の拘禁とも法的な目的及び性格を異にするものであるから、同法は、死刑確定者の処遇について、刑事被告人に関する規定をそのまま適用してこれと同一に扱うことを要求しているわけではなく、未決勾留者の拘禁との法的な目的及び性格の差異に応じた修正を施したうえで、刑事被告人に関する規定を準用し、死刑確定者の拘禁の目的及び性格に応じた適正な処遇がなされるべきことを要求しているものと解すべきである。

そして、死刑確定者につき刑事被告人に関する規定を準用するに当たり特に留意すべき点は、死刑が生命刑として有する特質である。すなわち、死刑確定者と他の被拘禁者との最大の相違点は、死刑確定者には、社会復帰はもちろん、生への希望さえも絶ち切られていることである。このために、死刑確定者においては、絶望感にさいなまれて自暴自棄になり、あるいは極度の精神的不安定状態を招来し、あるいは自己の生命・身体を賭して逃亡を試みるなど、拘禁施設の現場担当者の管理に支障・困難を生ずる危険性が、他の被拘禁者に比し高いものであることは、容易に推認される。そのため、死刑確定者については、精神状態の安定を図るべく、格段の配慮をする必要がある。

2  監獄法五三条一項は、在監者に対する差入れについて、「在監者に差入を為さんことを請う者あるときは、命令の定むる所に依り之を許すことを得」と規定し、これを受けた監獄法施行規則(以下「規則」という。)一四二条ないし一四六条は、物品の種類及び性質、差入人と在監者との関係等により、差入れを不許可とすべき場合を規定している。すなわち、規則一四二条は、在監者には、拘禁の目的に反し又は監獄の紀律を害すべき物の差入れをすることができない旨を規定し、一四三条及び一四四条は、受刑者及び刑事被告人に対し例外的に差入れをすることができる物の種類、範囲を列挙し、一四六条二項は、差入人と在監者との続柄等同条一項に定める事項について調査した結果、その差入れが在監者の処遇上害があると認めるときはこれを許さない旨規定している。このような法及び規則の規定からみれば、法は、規則において差入れを不許可とすべく明文で定める場合を除き、それ以外の場合においても、必ず差入れを許可すべきものとするのではなく、差入れの許否を刑務所長の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。そして、これらの規定のうち、法五三条、規則一四二条及び一四六条は、在監者一般についての規定であるから、死刑確定者として拘禁されている者にも適用があることは文理上明らかである。

死刑確定者は、自由刑を執行される受刑者と異り、死刑の執行を待つだけの者であるが、その間に、犯した罪を自覚し、被害者等の心情に思いを巡らすとともに、受刑の意義を認識し、やすらかな気持ちで刑を受けられる心理状態に至ることが望ましく、このような状態に死刑確定者を導き、あるいはその手助けをすることも、死刑確定者に対する処遇のひとつの目的であると考えられる。そして、そのために、外部との接触が有益な結果をもたらす場合があることも否定できないから、死刑確定者の、あるいはこれに対する外部交通をみだりに制限することは許されないというべきであるが、他方、既にみたように、死刑確定者は、社会復帰はもちろん、生への希望さえも断ち切られている者であるから、その精神状態の安定については、極めてデリケートな配慮が必要であり、生命の剥奪という極刑を受けた者への無遠慮な接触によって、死刑確定者の精神の安定を阻害するような事態を惹起してはならない。差入れについてこれをみれば、特定の者からの差入れという事実自体によって、死刑確定者に好ましからざる影響を与えることがあり得るし、また、およそ物品は、その本来の用途以外に通常の予測を超えた目的・用途に利用される可能性を持つものであるから、差入れに当たって、拘置支所長は、目的物の性質、形状、内容、差入人と死刑確定者との人間関係等諸般の事情を考慮して、規則において差入れを不許可とすべく明文で定める場合はもとより、それ以外の場合においても、その裁量により、差入れの許否を決定しうるものと解すべきである。

規則一四三条及び一四四条は、受刑者及び刑事被告人に対し例外的に差入れが許される物品のひとつとして金銭を掲げるが、その趣旨は、金銭であれば、これらの者に対しても必ず差入れを許さなければならないということではなく、当該差入れが拘禁の目的に反するなど許可できない事情があるときは、これを不許可とすることができると解すべきであるから、刑事被告人に関する規則一四四条の規定が死刑確定者に準用されるからといって、右判断を左右するものとはいえない。

3  前記のとおり、福岡拘置支所長がAに対する本件現金の差入れを許可しなかったのは、同人が原告との外部交通の申請をしていなかったためであること、原告は、再審のための資金カンパとしてAに対し本件現金を郵送したのであるが、その目的を達するためには必ずしも差入れの方法による必要はなく、Aの親族あるいは再審請求を担当する弁護人等への郵送をもってすれば足りるものであること、原告とAは親族ではなく、「永山裁判ニュース」を通じて知り合い、数回手紙のやりとりをしただけの格別親しい間柄ではないことなどの事情を考慮すれば、本件現金について、福岡拘置支所における前記原則的取扱によらず、特に差入れを許可すべき特段の事情は認められない。

したがって、本件現金を原告に返戻した福岡拘置支所長の措置は、裁量権の範囲内の行為であり、濫用の事実も認められないから、何ら違法の点はない。

三よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官辻次郎 裁判官伊藤敏孝)

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